見えている世界は、それぞれ違う

人間が見ることができる可視光線は、380〜780nmの波長を持つ電磁波です。人間の網膜には、赤、緑、青の3色の光受容細胞(錯体細胞)があります。

 

人間は、通常「3色型色覚」を持っていますが、まれに4色の光受容細胞を持つ「4色型色覚」の人がいます。4色型色覚の人は、普通の人には見えない色が見えるのではなく、普通の人が感じとれない色彩の差異を見分けることができ、普通の人の100倍の1億色を見分けることができると言われています。

 

視力が良い人と悪い人がいます。私は、裸眼の視力が0.1くらいです。視力が弱いですが、日常生活では特に不自由がないので、普段は眼鏡やコンタクトレンズをしていません。たまに車を運転するので、その時に眼鏡をかけますが、いつもと見える世界が違う。視力が良い人は、普段から、こんなに鮮明に見ることができるんだな、と思います。

 

色覚異常(色盲、色弱)と呼ばれる人もいます。このような色覚異常の人は、赤系統と緑系統の見分けがつきづらい「先天的赤緑色覚異常」が最も多い。日本では、男性の20人に1人、女性の500人に1人、合わせて300万人以上いると言われています。

 

ほかには、文字に色が見えたり、音に色を感じる「共感覚」を持つ人もいます。

 

人間でも、人によって見え方が全然違っていたりします。人間界と生物界と比べてみると、もっと違います。

 

例えば、昆虫は、複眼を持っていて、3万ものレンズがついています。昆虫の持つ複眼は、人が見ることができない「不可視光」を見ることができます。

 

ミツバチは、青と緑の視細胞に加え、紫外線を感じる視細胞と感光層を持っています。チョウは、赤、青、緑に加えて、紫外線を見ることができる4原色をそなえています。

 

チョウやミツバチは、「偏光」(一定の方向に直進する波長)を見ることができます。太陽の光の位置や角度に現れる偏光を感知することで、コンパスのように使っています。

 

昆虫は、紫外線の中で生きていて、人間は可視光線の世界で生きている、と言ってもいい。

 

人間が見る花の色と昆虫が見る花の色は、まったくの別物です。例えば、人間は黄色の花だと思っても、昆虫には白と赤の花に見える。人間は白い花だと思っても、昆虫には青い花に見えたりしているようです。

 

私たちは、自分が見ている風景を、他人も同じように見ていると思いがちです。でも、私が見ているものと他人が見ているものは、まったくの別物かもしれません。ましてや、ほかの生物は、私とは正反対のものを見ていたり、私に見えないものを見ているのかもしれません。

夜と昼

私たちは、太陽が出ている日中を「昼」と言い、星空が見えるようになると「夜」と言います。

 

「陽」と「陰」と言う分け方をすると、「昼」を「陽」と言い、「夜」を「陰」と言います。でも、本当は、「夜」の方が「陽」で、「昼」の方が「陰」なのかもしれません。

 

「陰陽」という言い方をしますが、「陽陰」という言い方はしません。「陰」の方が先に来ていますから、「陰」の方が「陽」よりも重要と言えそうです。

 

地球は、宇宙を遊泳しています。本来の宇宙は、真っ暗闇です。しかし、太陽が地球に当たると、明るくなります。

 

「昼」は、太陽の光が眩しすぎて星空を見ることができません。私たちが、「昼」に見ることができる空は、ものすごく狭い範囲に過ぎません。「夜」になると、はるか遠くの星を見ることができます。

 

地球の本来の姿、宇宙的に正常な状態は、明るい「昼」ではなく、真っ暗闇の「夜」の方だと思います。それなのに、私たちは、「昼」の方が本来の姿であると勘違いしています。

 

人類は、宇宙からやってきたのかもしれません。宇宙から来たならば、宇宙の摂理に従って、人間も夜行性のはずです。でも、人間は、昼に行動し、夜になると寝ます。

 

昼は休んでいて、夜になると活動する夜行性動物がいますが、本当は、夜行性の方が正しい習性なのかもしれません。

 

人間は、夜行性だったという説があります。夜行性の動物の特徴として、「色の識別能力(色覚)が発達しない」というものがあります。人間は、赤、緑、青の錐体細胞しか持っていないので、鳥類、昆虫類と比較すると、ものすごく色の識別能力が低い。いろいろな色を見ていると思っても、見えていない色が多いようです。

 

夜になると、不思議と落ち着いた気分になります。これは、宇宙からやってきた夜行性動物である証拠かもしれません。そんな気持ちで、今夜も、星空を眺めてみます。

お金に換算してみると面白い

先日、「成人まで育つには、親から1億円くらいかけていただいている」という話を書きました。物事をお金に換算してみると、違う観点から物事を見ることができそうです。

 

例えば、私たちの体は、いくらでしょうか。小指1本は、小指を切る人がいるくらいですから、100万円とか1000万円くらいかもしれません。

 

腕1本と言えば、いくらでしょうか。腕1本ないと、いろいろ不自由しますので、腕1本は1億円以上すると思います。

 

脳は、心臓は、肝臓は、膵臓は、膀胱は・・・と言うと、なくなってしまうと生きていけませんので、値段を付けようと思っても付けることができません。こういうものは、命と同じです。

 

では、この命は、いくらでしょうか。もし、命をいただけるのだったら、いくら払いますか?私だったら、命に対して、全財産をつぎ込みます。1億円持っていたら、1億円支払ってもいい。100億円持っていたら、100億円支払ってもいい。借金しても命を買いたいくらいです。こう考えると、私たちの命は、ものすごく尊いものだと感じます。

 

それでは、若さは、いくらでしょうか。80歳の人が20歳まで若返ることができるとしたら、いくら払いますか?80歳から20歳に若返ることができるのだったら、私だったら全財産をつぎ込みます。こういう意味では、若者は、大金持ちです。

 

そして、1日はいくらするでしょうか。1日24時間という時間も、お金に換算すると、大きなものになると思います。こう考えると、1日1日を大切にしないといけないと感じます。

 

結婚している人は、妻から、家庭内で、料理、掃除などの家事をしていただいていると思います。家事だけではなく、愛情や優しさもいただいているかもしれません。妻からしていただいていることをお金に換算すると、いくらになるでしょうか。これは、その人にとって違いますが、1か月100万円以上はすると思います。

 

いろいろなことをお金に換算してみると、面白い気づきがあります。実は、私たち一人一人、全員が大金持ちなんです。

権力を使わない

親が行う子育ては、成人してからも、その人にずっと影響していると思います。子供に愛情を注ぎ過ぎて、何があっても守っていると、子供は自立心、独立心が芽生えなくなるかもしれません。放任し過ぎると、自立心、独立心は芽生えても、ほかの人への愛情は育たなくなるかもしれません。

 

子供は、親を絶対的な存在として育ちます。子供にとって、親は衣食住を与えてくれる神にも近い存在です。親に逆らえば、子供は死んでしまうかもしれません。そういう意味でも、子供は親に従順です。従順にならざるを得ません。

 

子供が持つ遺伝的なものは、親から受け継いだものです。いろいろな意味において、親は、子供に対して絶大な影響を及ぼします。

 

良い意味でも悪い意味でも、親は子供を洗脳します。親は自分の価値観を子供に押しつける「宣教師」とも言えます。

 

親の趣味のような感じで子育てをする人が多いように感じます。例えば、生まれる前に、「子供ができたら、英会話を習わせる、ピアノを習わせる」と言う人がいます。でも、こういうのは、かわいそうな気がします。子供に合わせた教育をするべきなのに、親の都合で子育てをしている。

 

力関係で言えば、子供よりも、親の方が絶対的な権力を持っています。子供は、親には逆らえません。子供が習い事が嫌いでも、親の権力でイヤイヤ通っている場合も多いと思います。

 

上司と部下も、親と子のような関係性があります。権力を持っている人は、それを自分より下の者に対して行使しがちです。例えば、上司が部下に対して怒ることがあります。部下がミスしたからと言って、怒るような人は、人格的に×です。

 

親も、子供に対して怒っているようでは×です。子供が、自分の意にそぐわないことをしても、怒ってはいけないと思います。夫が妻に怒鳴るのも×です。暴力を振るうなんて×××××です。こんなことを言っていると、ほとんどの人が×ですね。(笑)

 

権力を持っていたり、力関係が強いと、自分より下の者に強くあたってしまいがちです。自分の力が強くても、下の者に対して権利を行使しない人柄でありたいと思う。

 

子育てする時も、親の権力は、あまり使わない方がいいと思います。親の趣味で子育てをするのではなく、親の影響を極力少なくする。この方が、良い子育てになるかもしれません。

子育て

親と子供の関係って、不思議に思います。親は、子育てをします。当たり前の話です。でも、親は、子育ての方法を知りません。ほとんどの人は、子供が生まれるまでに、子育ての本を読んだことがないでしょう。子供ができて、はじめて子育ての本を読む人が多いと思います。

 

子育ての方法については、様々な考え方があります。どうやって子育てをしたらいいか、真に正しい方法は、誰も知りません。誰もが試行錯誤しながら、子育てをしています。

 

親と子は、まったく別の生き物です。確かに、子供は母親のお腹から誕生しました。しかし、出産と同時に、母親と子供は別の生き物になります。親と子は、他人と言ってもいい関係です。

 

それなのに、子供を良い大学に行かせようとしたり、スポーツを身につけさせようとしたり、芸術的なことを学ばせようとする親が沢山います。子供が優秀になろうと、オリンピックで金メダルを取ろうと、親には関係がないことです。(親の自己満足、虚栄心には、役立ちますが。)それなのに、多くの親は、子供に多大なる期待をし、沢山のお金をつぎ込みます。

 

また、親がやっている子育ては、本当に良いことかどうか、わかりません。例えば、親は、子供に早期教育をすることがありますが、早期教育に疑問を投げかける人がいます。英語は小学校に入る前に習わせるのは良くない、ピアノは3歳とか5歳で習わせるのは良くない、と言っている人もいます。

 

親が子供に対して、良かれと思ってしていることが、本当は、子供に悪影響を与えているかもしれません。お金と時間をかけて、子供をダメにしているケースもあると思います。

 

習い事をすることにより、それのプロになる人もいます。しかし、ピアノを仕事にしている人、英語を仕事にしている人、野球を仕事にしている人、サッカーを仕事にしている人、書道を仕事にしている人・・・というのは、極めて少ない。スポーツの分野で、親が熱心に指導しても、一流の選手になれるのは、ごく限られた人だけです。

 

基本的には、習い事はあまり役に立たない、と考えていいかもしれません。私は、習い事をほとんどしていませんが、これまでの人生で困ったことはありません。

 

親が子供に対して行うのは、ご飯を食べさせて、成人まで育てるだけでいいのかもしれません。子供は自立して、自分の好きなように生きていけばいい。親が行っている子育ては、親の趣味のようなものかもしれません。別の観点からみると、親が子供から育てられているのかもしれません。