人間の価値観

我が家の桜は、3月18日に開花、3月25日に満開になりました。家のすぐ前に桜の木があるので、リビングから、温泉から、一日中お花見をしています。桜って、綺麗ですね。

 

今、日本では、桜の花を「美しい」と愛でる慣習があります。しかし、桜を「縁起が悪い」と忌み嫌っていた時期もあったようです。

 

このような時期、日本人は、桜を見て、どう思っていたでしょうか。おそらく、今ほどは「美しい」と愛でていなかったと思います。「縁起が悪い」と忌み嫌われているのに、「桜の花って美しい」とは言いにくいものです。「美しい」と思っても、それを言葉に出す人はいなかったかもしれません。

 

昔、ダイヤモンドは、硬くて加工しにくいので、三流の石だと言われていました。しかし、今では、ダイヤモンドは、ものすごく貴重な高価な宝石になりました。

 

ダイヤモンドが、三流の石と言われた時期、人々は、ダイヤモンドを称賛することはなかったと思います。ダイヤモンドを「美しい」と言う人は、少数派だったでしょう。でも、今は、多くの人がダイヤモンドを「美しい」と絶賛し、高価でも購入します。

 

人間が考えている価値観は、意外と、もろいような気がします。社会が、「美しい」と評価すれば、人々は「美しい」と判断し、社会が「高価」だと評価すれば、人々は「高価」だと判断する。人間の価値観は、社会的な評価によって、大きく左右されるように思います。

 

社会的な評価は、時代によって変化します。今、「良い」「美しい」と思われていることが、年月が経つと「悪い」「醜い」に変わる可能性だってあります。

 

その人によって、判断基準、価値観は違うのは、当たり前です。しかし、その基準、価値観の多くは、社会的な評価によって左右されている。このような社会的な判断基準ではなく、自分の判断基準で、物事を決めることが大切だと思います。

 

私たちは、社会が作り出した幻想の中に生きているような気がします。社会が作り出した幻想の中で生きるのはやめようと思う。