修行

チベット仏教・ニンマ派のミンドゥリン・ティチェン・リンポチェという大座主は、7年間、ずっと目の前の壁を見続ける修行をしていました。ダライ・ラマのために祈祷するときだけ、席を立ったそうです。

 

ミンドゥリン・ティチェン・リンポチェは、その後、7年間、睡眠の行を行ったそうです。睡眠の行とは、ただ寝ているだけではないようです。睡眠している中で、その睡眠を自覚しているらしい。

 

インドやチベットなどでは、さまざまな修行をしている人がいます。日本でも、昔から神道、仏教、修験道などで修行が行われていました。今の時代でも修行をしている人がいますが、かなり少ないようです。

 

修行をする目的は、精神性を高めるためです。人生の目的は、物質的なことよりも、精神的なことの方だと思います。物質的なことよりも、精神性のことを、より考えた方がいい。

 

私は、山の中ではないですが、山のようなところで、ひっそりと暮らしています。1週間に1回か2回、外へ出ますが、それ以外は、ずっと家の中に引きこもっていたりします。家族以外と話をすることは、皆無に近い状態です。

 

私は、座禅を組んだり、瞑想をしたり、修行のようなことは、何もしていません。人と会わないことが修行と言えるかもしれませんが、人に会わなくてもあまり苦になりません。

 

修行僧、仙人と言われる人は、山奥で、一人で修行しているイメージがあります。しかし、本当の修行は、山奥で行うものではないと思う。本当の修行は、人混みの中で行うものかもしれません。

 

人間が悩んだり、苦しんだりする大きな要因の一つは、人間関係です。自分と他人は違う存在であり、価値観が全然違っていたりします。社会の中で生活すると、人間同士、価値観の葛藤が起こりがちです。

 

毎日、会社へ出勤する生活を定年まで続ける人も多くいます。こういうサラリーマンを続けることは、修行のように思えます。

 

修行には、「自分自身の方向に意識を向ける」という意味合いがあると思います。もし、人間関係、仕事関係で、悩んだり苦しんだりすることがあれば、「これは修行なんだ」と思うと、少し楽になるかもしれません。

 

山のようなところに住んでいると、都会に住む人は修行しているんじゃないかな、と思う。本当の仙人は、都会にいるのかもしれません。