熊谷守一さん

「画壇の仙人」と呼ばれた画家・熊谷守一さんは、晩年、池袋の近くに住んでいました。そのせいもあって、池袋の駅構内には、熊谷守一さんの絵画が飾られていることがあります。私の家から、歩いていけるところに美術館(熊谷守一さんの旧宅)もあり、熊谷守一さんは、身近に感じられる画家です。

 

熊谷守一さん没後40年ということで、先月まで東京で大きな展示会が開催されていました。今は、愛媛県美術館で、展示会が開かれています。5月には、熊谷守一さんを主人公にした『モリのいる場所』という映画が公開されます。

 

熊谷守一さんは、晩年の30年くらい、家から出ることは、ほとんどなかったと言われています。鬱蒼とした庭で、石ころや虫をじっと見ていて、それだけで一日が過ぎることもあったそうです。私みたいですね。(笑)

 

鬱蒼とした庭といっても、敷地が50坪(80坪という話もある)くらいの家だったそうです。この小さな庭を歩くのに、数時間かけていたという話もあります。庭に「天狗の腰掛け」と名づけた椅子をいくつか置いて、じっと石ころや虫などを観察していました。そして、30年かけて、土を掘って池をつくっていたそうです。

 

熊谷守一さんは、文化勲章が内定したのに、「これ以上、人が来てくれては困る」と言って辞退し、二科展などの団体への所属もやめてしまいました。

 

そして、上手な絵を嫌っていたそうです。それは、上手な絵は行き着く先が見えているからです。

 

座右の銘は、「五風十雨」。「天気が順調で、農作のために都合がよいこと」「世の中が安泰であること」という意味です。

 

熊谷守一さんは、30年くらい引きこもりのような生活をしていましたが、97歳で大往生しました。

 

最後に、熊谷守一さんの言葉を紹介します。この言葉を読むと、熊谷守一さんのお人柄が偲ばれますね。

 

ー彼ら(アイヌ人)は漁師といっても、その日一日分の自分たちと犬の食べる量がとれると、それでやめてしまいます。とった魚は砂浜に投げ出しておいて、あとはひざ小僧をかかえて一列に並んで海の方をぼんやりながめています。なにをするでもなく、みんながみんな、ただぼんやりして海の方をながめている。魚は波打ちぎわに無造作に置いたままで波にさらわれはしないかと、こちらが心配になるくらいです。ー

 

ー結局、私みたいなものは、食べ物さえあれば、何もしないでしょう。犬もそうだ。食べ物さえあれば、寝そべっているだけで何もしない。あれは、じつにいい。ー

 

ー私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この私かもしれません。ー