しくじり先生

『しくじり先生』というテレビ番組があります。芸能人、スポーツ選手などが、しくじりや失敗談などを話す番組です。近いうちに、この番組はなくなるみたいです。

 

『しくじり先生』という番組は、ほとんど見たことがないのですが、時々インターネットで番組の内容が掲載されていることがあります。読んでみると、面白そうな内容だったりします。

 

この番組に出演して、しくじった経験を話すのは、昔(今)有名だった人、大きなお金を稼いだ人など、著名な方が多いようです。こういう人は、私たちに手が届かないような地位、著名度、財産などを築き上げました。しかし、ある時、他の人に騙されたり、あるいは、自分が傲慢になったりしたため、大きな失敗、しくじりをします。

 

傍目から見ると、有名になった人、大きな財産を築いた人は、幸福そうに見えますが、その影では、様々な失敗、しくじりをしていたりします。

 

普通の人が、失敗、しくじりをしても何とも思わないのに、有名人、著名人が、失敗、しくじりをすると、心が動かされます。好感を持っている有名人が失敗、しくじりをすると、かわいそうだな、と思う。

 

しかし、好感を持っていない有名人がしくじりをすると、「ざまみろ」と思ったりする。(ちょっと大袈裟な表現です。笑)このような、「ざまみろ」という感情が沸き立つと、自分は未熟だなあ、と反省します。私は、まだまだ未熟者です。

 

この番組では、失敗、しくじりの体験を面白く見せていますが、本当は、失敗、しくじりというのは、ないはずです。失敗、しくじりのような体験を通して、人は、大きく成長したりするものです。「失敗」「しくじり」という言葉はあっても、その本質は存在しないと思います。

 

一方、誰かが成功した時、「良かったね」と喜べるでしょうか。親族、友人であったならば、素直に「良かったね」と喜べると思います。

 

しかし、大嫌いな人が成功したら、どう思うでしょうか。大嫌いな人が成功して、「良かったね」と喜べるでしょうか。

 

人格が高い人は、好きとか嫌いという概念はないかもしれません。こういう人は、どんな人が成功しても、「良かったね」と喜べるでしょう。

 

他の人が成功した時には「良かったね」と喜び、他の人が失敗、しくじりをした時には、元気や勇気を与える人になりたいと思う。

うまい、高い、遅い

少し前に、宅配業者のドライバーの過酷な労働が話題になったことがあります。これを受けて、ヤマト運輸は、宅配制度や送料などの見直しを始めました。

 

弊社でも、商品の発送をする時、ヤマト運輸を利用しています。先日、送料の改定をしたいと連絡があり、今月から送料が改定されています。

 

ヤマト運輸から提示された送料は、個人のお客さんと同じ、というものでした。今までとは、5割増しくらいの金額です。知り合いの会社でも、弊社と同じように対応されたところがあります。多少は値引きがあると思っていたので、個人と同じ送料とは、びっくりしました。弊社は、開店休業のような状態なので、そんなに影響はありませんが。

 

日本での物やサービスの値段は、ものすごく安いと思います。ヨーロッパへ行くと、500円でランチなんて食べられません。2千円出しても、そんなに良いものは食べられません。さらには、チップが必要です。先進国で、500円でランチが食べられるのは奇跡的なことだと思います。

 

日本で、年収が一番低いところは、沖縄県と言われています。沖縄へ行くと、本土よりも、値段が安い気がします。

 

沖縄のようなところは、「収入が低い→値段を安くしないと売れない→値段が安いので、低い収入しか得られない→値段を安くしないと売れない」というループになっているのかもしれません。

 

バブルの時代は、「収入が高い→高い物が良くれる→高い物が売れるので、さらに収入が高くなる→高いものがもっと売れる」というループになっていたと思います。

 

バブルのような時代がいいか、と言われれば、それは疑問です。しかし、今の日本は、もう少し物やサービスの値段が高くてもいい。イオン(マックスバリュー)などへ行くと、食料品の値段が安くてびっくりします。安ければいい、という風潮は止めた方がいいと思う。

 

品質が悪くても安ければいい、というのは止めて、多少高くても、良い品質の物を買う。良いサービスには、それに見合った適切な金額を支払う。会社は、社員に対して可能な限り賃金を高くする。これを、より多くの国民が続けていけば、今よりももっと経済が回っていくでしょう。

 

今回のヤマト運輸の決断は、素晴らしいと思います。こんなに値上げしたら、ヤマト運輸を使わなくなる会社が増える可能性があるのに、あえてものすごく値上げをしました。

 

どこの会社も、より安くするのではなく、適切な価格にするべきです。もっと言えば、ちょっとくらい値段が高くても、お客さんが付いてくるような会社でないといけないと思います。

 

吉野家のキャッチフレーズは、「うまい、安い、早い」というものです。こうではなく、「うまい、高い、遅い」にしても、良い気がします。

 

人生、時間

自分の年齢を意識することは、ほとんどありません。気持ちは、いつも20歳ですが、いつの間にか、50歳を超えています。

 

子供の頃から虚弱体質だったので、50歳まで生きられるとは思っていませんでした。それなのに、大人になってから病気をしたことがありません。

 

子供のころ、50歳と言うと、ずいぶん立派な大人だ、というイメージがありました。しかし、50歳を過ぎても子供のような気分です。同じ年齢くらいの人が、いろいろな役職、要職に就いているのを見ると、みんなすごいなあ、と思います。

 

人生をお金に換算したら、いくらになるでしょうか。1千万円だったら、ものすごく安い。1億円でも安い。10億円でも安い。100億円でも安いと思う。人間として生を受けたのは、宝くじが当たるよりもすごいことです。

 

もし、ものすごい大金持ちで、お金で時間を買えたら、何年分買うだろうか、と考えることがあります。不老長寿の薬があったとしても、1万年生きるのは、途方もなく長い。1千年でも長い気がする。

 

今は、80歳〜100歳くらいで亡くなる人が多い。健康で100歳くらいまで生きるのがちょうど良いのかもしれない。だから、お金で時間を買えるとしても、そんなに長い時間は買わないと思う。

 

そもそも、人生、時間をお金に換算するのは無理がある。人生は、お金とは別次元のものです。

 

若い人は、お金をあまり持っていないが、考え方によっては、大金持ちだと思う。「若い」というそれだけで、ものすごい価値がある。高齢者に比べれば、健康で、活力、体力、美しさなどもあります。

 

もし、1億円出せば20歳まで戻れる、と言われたら、喜んで1億円を出したい。こう考えると、20歳の人は、貯金通帳に1円もなくても、1億円以上の価値のものを持っていることになる。

 

ビジネスを始めたい、という人が二人いたとする。一人は20歳、もう一人は40歳だったとする。どちらかを支援するのだったら、間違いなく20歳の人を選ぶ。若い、というのは、それだけで価値がある。

 

自分が持っている時間は限られたものです。時間は帰ってくることがない。そのような貴重な時間を、他の人に売るのは、もったいない。短期間、自分の時間を売るのはいいかもしれないが、一生の間、奴隷のように働くのはやめた方がいい。

 

時間は、ふわふわした雲のような存在だ。存在するような気もするし、存在しないような気もする。こういう不可思議とも言える時間の流れの中で、人生が過ぎていくんだなと思う。

いつでも繋がれる

本日は、お盆の中日。終戦の日でもある。なんとなく、お盆の時期は、いつもと違う気がする。みんなの集合意識がそうさせるのだろうか。ちょうど夏の盛りの合間ということもあるのだろうか。

 

お盆の時は、亡くなった人が家に帰ってくるそうだ。本当かな?

 

私たちは、今、こうして生きている。では、生きているって何だろう。心臓が動いて、脳が活動していることかな?それは確かにあると思うけど、心臓と脳の活動だけで、生きているとは言えない気がする。

 

魂のようなもの、心のようなもの、目には見えない何かが存在していると思う。その存在は、肉体がなくなっても永遠に生き続けているのかもしれない。もしそうだとしたら、人は死なない。魂は死んでもなくならない。

 

生と死には、どれくらいの距離があるのだろうか。生と死は、正反対のようなイメージがある。随分かけ離れているように思われがちだが、本当は、もっと身近なのかもしれない。特に、お盆の時期は、生と死の距離が縮まるのかもしれない。

 

亡くなった人は、本当にこの世に存在しないのかな?亡くなった人のことを思い出すことがある。夢に見ることがある。そういう時、亡くなった人は、再び生き返る。

 

私たちは、生きている人としか話ができないと思っている。本当は、亡くなった人とも話ができるんじゃないかな。

 

皮膚でも音を聴いているという話のように、未知の五感があると思う。亡くなった人と話をするのは、口や耳ではなく、どこか未知の場所を使って話をしている。

 

オノ・ヨーコさん、草間彌生さんは、自身の書籍で植物と話をすると書いている。他にも、植物と話ができる人を知っている。植物と話をするよりも、亡くなった人と話をする方が簡単な気がする。

 

私たちは、いつも亡くなった人と話をしているけど、それに気づいていないだけじゃないかな。私は、亡くなった人と話ができると信じている。

 

これは、生きている人も同じだ。遠くにいる人とも、いつでも話ができる。携帯電話なんて必要ない。人と人は、いつでも、繋がりたい時に繋がれると思う。

 

五感を研ぎ澄ませば、風に乗って、亡くなった人の声、遠くにいる人の声が聞こえてくるだろう。

 

セロトニンと性格

人間は、生まれた時に決まっているものがあります。例えば、親であるとか、男であるとか、女であるとか、生年月日、血液型・・・。こういうのは、いくら努力しても変えられません。(性別に関しては、変えられる場合もありますが。)

 

頭の良さ(何を基準に頭がいいか、というのは問題ですが)、性格などは、「遺伝的なもの」+「育った環境」によって決まる、と言われています。

 

二人以上の子供を育てた経験がある人だったらわかると思いますが、同じ親から生まれた兄弟でも、性格が全然違う場合もあります。

 

人間の性格は、遺伝的に決まっている部分も多いのかもしれません。最近の科学研究によると、性格の種類によっては、環境よりも遺伝的な要素の方が強い、と言われているようです。

 

人間の脳内には、セロトニンという、幸福を味わうために必要な物質が分泌されます。セロトニンは、たくさん分泌されると、精神が落ち着き、多幸感を得ることができるので、「幸せホルモン」と呼ばれています。

 

人間の遺伝子の中に、セロトニントランスポーター遺伝子と呼ばれるものがあります。これは、神経伝達物質であるセロトニンの伝達に関係する遺伝情報が書き込まれた遺伝子です。

 

セロトニントランスポーターは、神経細胞が放出したセロトニンをリサイクルするタンパク質です。セロトニントランスポーターが多いと、セロトニンを脳で効果的に使いまわすことができます。

 

セロトニントランスポーターは、人種によって、多かったり少なかったりします。日本人の7割くらいは、セロトニントランスポーターが少ないタイプです。欧米人は、少ないタイプは2割以下しかいません。

 

セロトニントランスポーターが多いタイプは、日本人では2%くらいしかいないのに、欧米人は30%くらいいます。

 

また、MAO(モノアミン酸化酵素)の中にMAO−Aというセロトニンを分解する酵素があります。このMAO−Aの活性が高い人と低い人がいて、活性が高いとセロトニンをすぐ分解してしまいます。

 

セロトニンが多い人は、いつも安心して、やる気があって、幸せです。あまり先のことを心配しないで、楽しそうに生きていているタイプです。

 

セロトニンが少ない人は、不安になりやすい。先のことを考えて行動して、うまく行かないと鬱屈してしまうタイプです。一方では、損害を回避する傾向があるので、コミュニティの空気を敏感に察知したり、他人に合わせたりする行動は得意です。

 

ほとんどの日本人は、セロトニンが少ない。南米の人などで、いつも陽気な民族がいます。こういう民族は、セロトニンが多いから陽気なのだと思います。

 

セロトニンが多い、少ないというのは、遺伝的な要因が大きいため、自分の努力ではどうにもできないことです。だから、心配性の人は、自分はセロトニンが少ないから心配しやすいんだ、と客観的に、俯瞰的に眺めてみるといいかもしれません。