『はじめて考えるときのように』(野矢茂樹著)

哲学の本を読むことがありますが、だいたいは難しくて、わかったような、わからないような気分になります。わかりやすい哲学の本がないかと思い、見つけたのが『はじめて考えるときのように』(野矢茂樹著)です。

 

野矢さんの書籍は、以前も読んだことがありますが、あまり記憶がありません。読解できなかったのだと思います。

 

しかし、この本は、中学生でもわかるような文章で書かれています。「考えることを考える」という内容ですが、わかったような、わからないような。(笑)最後の方に、まとめが書いてありましたので、ここを繰り返して読んでみました。

 

東大の教養課程には、野矢茂樹さんの「座禅」という名物授業があるそうです。週に1度、90分間ただ「座っている」だけの授業で、野矢さんは「ただ座るように」とだけ指示をするだけで、全く何も教えてくれないそうです。

 

この書籍の序文を下記します。「考えるということ、それは余白の運動です」という文章がいいですね。哲学者は、詩人でもあるのかもしれません。

 

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招待状

 

あれこれ、考えなくちゃいけない。

でも、うまく考えられない。

だいたい、考えることって、何をすることなんだろう。

よくわからない。

 

考えることを考える。

 

見えているものを見ているだけでは、考えることはできない。考えるということ、それは余白の運動です。どうか、この本の余白へと手をのばして下さい。

考えることについて考えたことばと、考えるまなざしでとらえた景色が、ふたすじの小川のように同時に進行して、この本の余白をかたどっています。

そこに、あなたの考えを忍ばせてほしいのです。そうしてあなたのことばと、あなたのまなざしとが、考えるということに彩られ、もう一度あらたな風景に出会う一歩を踏み出せるかもしれない。

 

そんな眺めに、ご招待します。

 

ひとりの哲学者と、ひとりの絵描きより