親孝行をする?

儒教では、親孝行を重視していますが、親孝行はしないといけないのでしょうか。

 

私の父は早くに亡くなりましたが、母はまだ健在です。時々ですが、母と食事に行ったり、どこかへ一緒に行くことがあります。こういう時、「親孝行をしている」という意識はありません。ついでに、一緒に行くような感じです。

 

親と縁を切る人もいます。そういうのもOKだと思います。縁を切るくらいだから、それまでに、親子間で大きな問題が生じたり、嫌いになるような出来事があったはず。だから、親子の縁を切ったと言っても、一概には、良いとか悪いとか判断できないと思います。

 

成人に育つまでには、親から多大なる面倒をみていただきました。それに対しては、感謝の念をずっと持ち続けるべきです。

 

生物界には、「親は無報酬で、見返りを期待せず、子供を育てる」という決まりや本能があるように思います。これの繰り返しで、生物は生存し続けています。

 

そして、子供は、成人したら、独り立ちして、自立して生きていく。これが、一番の親孝行でしょう。自立できなくて、いつまでも親から金銭の援助をしてもらっているのは、親不孝だと思います。

 

そもそも、「親孝行」「親不幸」という言葉が存在するのは、暗に「親孝行をしなさい」と言っているようなものです。「親孝行」「親不幸」という言葉自体が間違っていると思います。

 

私は、「親孝行をしよう」「親孝行をするべきだ」と考えたことがありません。親孝行や目上の人を敬う、というのは、やりたい人はやればいい。やりたくない人は、やらなくてもいいと思います。

 

何でもそうですが、「〜をしないといけない」というのは大嫌いです。「〜した方がいい」というのも、嫌いです。「してもいいし、しなくてもいい」が、大好きです。いろいろな囚われから、できる限り自由になった方がいい。

 

人生で大切にすべき順序は、

「してもいいし、しなくてもいいこと」>「した方がいいこと」>「〜しなければならないこと」。

 

お金も時間も、この順序でかけるべきです。「〜しなければいけない」「〜すべきだ」という殻は、できる限り解き放った方がいい。親孝行も、「してもいいし、しなくてもいいけど、やってしまう」というスタンスがいいのかもしれません。