蛹から蝶になって羽ばたく

どの国へ行っても、動物園、水族館、植物園があります。私たちは、そういう所へ行って、興味深く動物、植物などの生態を観察します。どうして、こんな形態をし、こんな生態をしているのか不思議に感じることも多々あるでしょう。

 

人間は、動物園へ行って興味深げに動物を観察しますが、本当は、私たちが観察されているのかもしれない。これは、「動物が人間を観察している」という意味ではなく、「地球の外の生物が地球の生物を観察しているかもしれない」という意味です。

 

この地球は、壮大なる実験場、とてつもなく大きな動物園のような気がします。宇宙から、いろいろな生物が地球に集められているのかもしれません。

 

私たちは、動物園の中にいる動物を見て、檻の中に入れられて不自由だなあ、と感じます。しかし、こう感じている私たちも檻の中で生きているのかもしれません。肉体的な意味でも、精神的な意味においてもです。

 

数年前から森のようなところで生活しているせいもあって、自然の営みには、感心すると共に神秘を感じます。自然の中に生きている生物は、私たち人間に、生きる上でのヒントを与えてくれています。

 

例えば、蝶は、卵から幼虫になり、蛹になり、それから成虫となって羽ばたきます。鳥は生まれた時から羽を持っているのに、蝶は生まれた時には羽を持っていない。それなのに、成長すると羽を持って空を羽ばたくようになる。卵から孵化して羽ばたけばいいのに、なぜ途中で「幼虫」「蛹」という余計とも思われる形態をとるのだろうか。

 

蝶の幼虫は動きますが、蛹になると動きません。しかし、蛹から成虫になると、空を飛ぶことができます。

 

人間も、蝶と同じように、大空へ大きく羽ばたくには、変容するには、蛹の時期が必要なのかもしれません。羽ばたけない、飛び出せないと思っていても、大きく羽ばたくための準備が着々と行われているはず。

 

こんなことを書いている私も、人とほとんど会わない、社会と関わりがほとんどない「蛹」状態です。私も、そろそろ羽ばたこうかな。