人生はハンデ戦

競馬では、ハンデ戦(ハンデキャップ競走)という方法で競争することがあります。ハンデ戦では、その馬の実績などに応じて、負担重量が違ってきます。そのため、多くの馬に勝てるチャンスがあると言われています。

 

人生も、競馬のハンデ戦のようなものかもしれません。その人によって、生まれつき、いろいろなハンデを背負っている。人それぞれ、得意なこともあるし、不得意なこともあります。

 

私も、結構ハンデを背負っているような気がします。例えば、ほかの人と話すのが苦手、ほかの人に電話ができない、車を上手に運転できない、英会話ができない、パソコンはワンフィンガーでしか打てない、体力がないため肉体労働はできない。。。(笑)

 

このようなハンデの中には、努力したり訓練することにより克服できるものがあります。しかし、生まれつき持っている能力、センスのようなものがあって、いくら努力しても克服できないこともあります。

 

人それぞれ、抱えているハンデは異なります。考え方によっては、多くのハンデを持っている人ほど、優れた能力を持っているのかもしれません。神様は、「この人は優秀だから、多くのハンデを持たせてあげよう。優秀なのだから、多くのハンデを持っていても克服できるでしょう」と考えて、多くのハンデを持たせて、この世に誕生させているのかもしれません。

 

もちろん、ハンデだけなく、その人によって、それぞれ優れた能力を持っているはずです。多くのハンデを持っていても、特定の分野でずば抜けた才能を持っている人もいます。

 

第35代横綱双葉山は、69連勝したことでも知られる名横綱です。双葉山は、5歳の時に右目を負傷して、半失明状態でした。このハンデを克服するために、相手の動きを目で見ずに、心で見る訓練を重ねました。そして、人一倍修練を積みました。双葉山は、右目が半失明でなかったら、こんな訓練をしなかったかもしれません。

 

双葉山のように、大変なハンデを持ちながら、人生を好転させていく人もいるでしょう。こういう人は、普通の人よりも、人生に充足感、充実感を感じるかもしれません。ハンデを逆に、良い方向へ変えていく人だっているはずです。

 

多くのハンデを持つことが悪くて、ハンデが少ないことが良い、とは限りません。そして、人生は、競馬のような競争でもありません。でも、なんとなく、人生ってハンデを背負って歩いているような気がするのです。もちろん、そのハンデは、喜びにつながっているものです。