やってもいいし、やらなくてもいいことをする

今、一番多く時間をかけていることは、畑仕事と草刈りです。田舎に引っ越すまで、畑仕事や草刈りをしたことがありませんでした。適当な土地があるので、畑仕事や草刈りをやってみたら、予想外に熱中できています。

 

畑仕事や草刈りは、やってもいいし、やらなくてもいいことです。野菜作りをしていますが、まだきちんとしたものが作れません。野菜ができると思っていたら、動物に全部食べられたりします。昨年は、動物が来て、ほぼ全滅しました。

 

草刈りは、刈っても刈っても草が生えてきますので、果てしない作業です。草を刈らなくても、寒くなると枯れてきますので、意味がない作業とも言えます。

 

こんな無意味とも言えることに多くの時間を割いています。時間があるからやっている、というのもあるのですが、基本は楽しいからやっています。

 

やらなければいけないことではなく、やってもいいし、やらなくてもいい。でも、やりたくなってしまうことって、楽しいものです。

 

このブログも、書いてもいいし、書かくなくてもいい。ブログを書くことによって、私が受けるメリットはないと思います。でも、書くのが好きだから書いている。

 

義務感でやること、義務的にやらないといけないことは、続けていくうちに、嫌になっていきます。

 

義務感がないことをする時間が多い人ほど、豊かな人生を送ることができると思います。やってもいいし、やらなくてもいい、義務感がないようなことを続けていきたいですね。

働いたら負け?

田舎暮らしをしていると、あまりお金を必要としません。お金を使おうと思っても、使うところがありません。二人暮らしですが、1か月に使うお金は、こんな感じです。

 

電気・水道・ガス代 1万円

固定電話、携帯電話、インターネット代 1万円

食費(外食費を含む) 3万円

車の維持費(保険、ガソリン代など) 1万円

計 6万円

 

いつもは質素な生活をしています。(笑)もちろん、他にもいろいろ買ったり、東京へ行ったり、旅行したりしますので、これ以上は使っています。

 

また、上記には住居費がありません。住居費は、持ち家か貸家によっても違いますし、貸家でも、値段がピンキリです。

 

もし、田舎暮らしをして住居費が安ければ、10万円で十分に豊かな生活を送ることができます。子供がいたりすれば、10万円を少し超えるかもしれません。一人暮らしだったら、数万円でも生活できると思います。東京でも、住居費を切り詰めれば、10万円生活も可能でしょう。

 

田舎暮らしをはじめて、少し経った時、10万円くらいで生活していることに気が付きました。これは、私にとって、ちょっとしたエポックメイキング(画期的なこと)でした。

 

それは、10万円という金額は、インターネットで稼ぐことが可能な金額だと思うからです。インターネットの中には、いろいろお金が落ちています。

 

最近は、多くの人が気が付いたため、前よりも、ずっとお金が落ちていないように感じます。しかし、今でも、インターネットで毎月10万円稼ぐのは、無理ではないと思います。機転がきく人だったら、10万円程度は稼いでいるでしょう。

 

今は、インターネットで10万円稼げれば、働かなくても生きていける、自由な時代になったのです。それなのに、あくせく働くのはバカみたい、かもしれません。

 

以前、ニートが「働いたら負け」という発言をして話題になったことがあります。本当に、働いたら負けかもしれません。 

勝ち組と負け組

GWが、ようやく終わりました。GW中は、どこへ行っても混雑しているので、出掛けないようにしています。GWなんてない方がいい、と思っているのは少数派でしょうね。

 

曜日にとらわれない生活をしていると、「今日は何曜日?」と聞かれても、考えないと曜日がわからなかったりします。

 

なぜ日曜日が休日かと言うと、キリスト教の影響のようです。キリスト教では、週のはじまりは日曜日であり、キリストの復活を祝うため仕事を休んで祈りを捧げます。それが広まって、日曜日が休日になったそうです。

 

日本では、1876年に官公庁で土曜半休・日曜休日が実施されました。それまでは、1と6のがつく日を休みにしていたようです。(31日は除く)しかし、欧米との交易のため、欧米と同じようにしたようです。

 

世の中には、日曜日・祝日はお休み、という人が多くいます。こういう人は、収入が多くても、「負け組」だと思います。年収が1千万円、2千万円、あるいはそれ以上あったとしても「負け組」です。

 

私のように収入がなくても、毎日を自由に過ごせる人は「勝ち組」だと思います。段ボールで暮らしている人も、ある意味では「勝ち組」です。これは、あくまで私の偏見です。(笑)

 

逆に、日曜日・祝日はお休みの人から、私のように毎日が日曜日だけど収入がない人、収入が少ない人を見ると、私の方が「負け組」に見えるかもしれません。

 

バリバリ働いて高収入を得て、GWや日曜日は休む。こういうのをステータスだ、格好がいい、と思っている人がいますが、私とは住んでいる次元が違います。

 

人は、それぞれ置かれている立場が違いますので、いろいろな見方があっていいと思う。

 

私は、収入が少なくても、時間を自由に使える方がいい。こちらの方が豊かな生活だと思います。

 

仕事はしたい時にする。したくない時にはしない。これが自然の生き方です。本来は、このように生きられるはずなのに、社会の洗脳や自分勝手な拘りから、自由な生き方ができていない人が多いような気がする。

 

一番の問題点は、自分は「負け組」だという意識さえ持っていない、という点かもしれません。自分の心の赴くままに自然体で生きれば、どちらでも問題ない話なのですが・・・・・

 

※人間に「勝ち組」も「負け組」もないですが、話がわかりやすいように「勝ち組」「負け組」という表現を使いました。

7年ごとに生まれ変わる?

私は、数年〜10年くらいのサイクルで、いろいろなものを整理したり、縮小してきました。

 

「人生にはサイクルがある」という話があります。私の経験からすると、周期的なものがあるような気もするし、ないような気もする。

 

占いの中には、周期的なものを重要視しているものがあります。例えば、四柱推命、西洋占星術、数秘術などというようなものです。

 

シュタイナーは、「人間は7年ごとに生まれ変わる」という考え方をしていたようです。シュタイナーによれば、7年ごとに以下のように変わるらしい。

 

0〜7歳・・・身体が成長する時。(安心や喜び、愛情)を受け取る時代

7〜14歳・・・心が成長する時。美(芸術や人間性や自然の美)を感じとる時代。

14歳〜21歳・・・思考の力が育つ時。真(真実のある世界観)を受け取る時代。

21歳〜28歳・・・私は世界をどのように感じるか。関係性の時代(善や愛を実現したい)

28歳〜35歳・・・人生の危機に向き合う。構築の時代。(美的生活をつくりたい)

35歳〜42歳・・・精神的な生き方へ向かって。問いの時代。(真に大切なことは?)

42歳〜49歳・・・人生の後半をどう生きるか。葛藤の時代。(正しさを超えた先にある善への気づき)

49歳〜56歳・・・人生の完成に向かって。創造性の時代。(芸術的創作への意欲、美へのあこがれ)

56歳〜63歳・・・人生を完成させる。本質の時代。(真に自分らしく生きよう)

 

シュタイナーは、「変化、つまり時間的なものに関することを扱うときには、古代の科学は七惑星を基盤にしていた」と述べています。

 

七年というのは、経験が心魂の能力に変化するのに要する時間で、「七年で人間の心身は一新する」らしい。

 

ヒポクラテスも、「7年ごとに人生は新しく段階を迎える」と語っていました。

 

宗教革命をしたルターも、「いつも7年目に人間は変化する。7年目に新しい生活、新しい性格、いままでとは異なった状態がもたらされる」と語っていました。

 

「7年間で全身の細胞がすべて新しいものになる」とも言われています。人間のある重要な組織も、7年で入れ替わるそうです。

 

7という数はギリシャでは重要視され、「七賢人」がいたとされます。インドにも「七人の聖仙」、中国にも「竹林の七賢」がいます。

 

スペクトルをとおして現れる色は七色、音階も七音です。一週間は7日だし、「七生報国」とか「七代まで祟る」とも言います。古代では七進法で計算されていました。

 

東洋医学の古典である『皇帝内経(こうていだいけい)』には、「女性は7の倍数、男性は8の倍数の年齢の時に節目を迎える」という記述があります。

 

「精神的なものは7年周期、物質的なものは9年周期」と言う人がいます。これは、惑星と太陽と地球の回転周期が関係した物理法則だそうです。

 

脳科学でも、「人の脳には7年というサイクルがある」という研究結果があるようです。そのためか、結婚7年目、14年目、21年目、28年目に夫婦の危機がやってくる、と言う人もいます。

 

人は、7年ごとに新しく生まれ変わるのかな?自分の周期を調べてみるのも面白そうです。

 

参考文献 『あなたは7年ごとに生まれ変わる』(西川隆範著)

軽く変わろうね

物事を決断する時には、長期間悩む人が多いようです。いろいろな人に相談したり、占いに頼ったり、・・・なかなか決断できない人もいます。

 

私は、うじうじ長期間考えるのは好きでありません。あまり考えないで、すぐに決断するようにしています。今回の件も、あっけなく決めました。

 

私が重要視しているのは、「継続した方がいいシグナルが出ているか」あるいは「やめた方がいいシグナルが出ているか」を見極めることです。

 

私たちは、よく考えて物事を決断するように教えられてきましたが、これは、本当に正しいのでしょうか。自分で決断しようとすると、どうしても自我や欲が出てきます。進むべき方向は、私ではなく、私の周りのもの、他の人が教えてくれている時があります。

 

私は、いくつか事業を行いましたが、すべての切っ掛けは、私の意思ではありません。他の人から、何らかの働きかけがあって、やってみようかな、という気持ちになりました。全く何も知らない分野で事業を行ったこともあります。もちろん、他の人に言われるまま事業を行ったのではなく、私なりに工夫をしました。

 

私たちは、子供の頃から、「考えなさい」「考えて行動しなさい」と「考える」ことを強いられ、「よく考えることは良いことだ」と言われてきました。

 

では、考えたら、良い結果が出るのでしょうか。良い結果が出ましたか?一生懸命に考えても、失敗することもあります。むしろ、失敗する方が多いと思います。

 

人は、「考えている」と言っても、本当は「考えたふり」をしているだけかもしれません。「考えたふり」をして出た結論は、親が洗脳したこと、親だったらこうするだろうな、他の人からどう思われるか、ということが多いと思います。

 

極論を言えば、考えても考えなくても、答えは一緒かもしれません。そうだったら、考えないで、すぐに答えを出す。そういう「軽さ」が人生では大切な気がします。

 

人間の脳は、変化することを怖がり、現状維持のままでいることを欲します。脳が活動するには、膨大なエネルギーを必要としますので、「脳は怠けたい」=「現状維持のままでありたい」という図式です。

 

二つの選択肢があるとします。例えば、「会社を続けるか」or「会社をやめるか」、「結婚生活を続けるか」or「離婚するか」の2つの選択肢があって、どちらを選ぶべきか迷ったとします。

 

迷ったということは、「現状に不満がある」「現状ではダメだと思っている」ということです。だったら、現状と違う方法を選ぶべきです。

 

なかなか決めることができないのなら、どちらも同じくらいの割合だ、ということです。だったら、どちらを選んでもいい。こういう時は、サイコロを転がして、奇数が出たら現状維持、偶数が出たら現状をやめる、という風に決めてもいい。

 

現状から抜け出せないのは、人間関係のしがらみ、収入の問題、社会的な地位を失う、世間体・・・・・というようなものです。でも、こういうものは、大体がどうでもいいようなことです。

 

「迷ったら変化することを選ぶ」と決める生き方も面白い。変化を恐れず、新しいことにチャレンジする人は素晴らしい。

 

細胞は、常に新しいものに入れ替わっています。細胞のように、常に古いものを捨て、新しいものを自分の中に組み入れていこう。

 

自分が「重い」と思っている出来事は、自分が思うよりも、ずっと軽いものです。軽く変わろうね。